研究

2022.1.11

リアリティが加わる瞬間を楽しもう。

工学部 工学科 建築学系 建築コース / 建築設計計画Ⅱ研究室
田村 裕希 准教授 Yuki Tamura

教員プロフィール

たむら?ゆうき
建築家、東京工芸大学准教授/ 東京藝術大学现在哪个app能买足彩修了後、SANAAを経て、2005年に松岡聡田村裕希を設立。AR award 2005(英国)入賞、2014年日本建築学会教育賞(教育貢献)、2016年日本建築設計学会賞、2016年JIA新人賞、2018年日本建築学会作品選奨、2019年住宅建築賞、2019年JIA優秀建築賞、2020年グッドデザイン賞、2021年東京建築賞。主な作品に「Balloon Caught」「裏庭の家」「コート?ハウス」他。主な著書に「サイト‐建築の配置図集」(学芸出版社)「Sight and Architecture」(グラフィック社)。2019年より現職。

建築と風景の境界線

シモノスペトラ修道院(ギリシア アトス)2001年11月撮影

 学生のときギリシアのアトス山にあるシモノスペトラ修道院を訪れました。アトス山はギリシア正教の聖地としてギリシア国内で自治が認められているいわば独立国家です。18歳以上の男性の正教徒のみ入山が許可され、女人禁制を600年以上続ける現代最後の秘境ともいわれています。2か月ほど前に起きたNY9.11テロの影響で世界が混乱する中、異教徒で二十歳そこそこの私は3日間のみ入山が許可され、当時やっとのことでたどりついた建築でした。修道院は海抜300mの地点にある巨大な岩の上に建つ高層建築です。どうしても直接体験してみたかったその建築が最初に目に飛び込んできたとき、1キロくらい離れていたと思いますが「すでに建築がはじまっている」と感じました。そこに行くまでが大変だったということもあるかもしれませんが建築の射程が想像以上に広いと知る経験でした。また荒々しい山の景観が、建築がそこにあることで風景化されているとも感じました。建築にはその場所の理解を促したり、土地の意味を代表する力があるのだと知った経験でした。

リアリティが加わる瞬間を楽しもう。

手摺プロジェクト (2021 神奈川県): 研究室で取り組んだ実施設計プロジェクト。愛甲原住宅にある通所型介護施設のエントランスゲートを兼ねた手摺としてデザインされた。
ルーフプロジェクト (2021 神奈川県): 築60年が経過した緑ヶ丘団地の活性化プロジェクト(ミドラボ)の一環での提案。団地のプレイロットにロープで編まれた透けた屋根を掛け渡すことを検討中。
コート?ハウス (2018 埼玉県): 室内化した庭(コート)のある住宅。ゼミで行った建築写真ワークショップでは学生が私物を持ち込みモデルとしても参加した。

 研究室では学生たちと、建築を具体的に考え、発想し設計していくことを重ねています。大学の設計課題で考える建築は、当然ですが実際に建設されることはありません。大学での4年間は、課題に応えながら周辺環境を読み込み可能な限り設計のリアリティ、個人の説得力を高めていくプロセスなのです。
 研究室で取り組んだ「手摺プロジェクト」では、デザインから構造解析、金額調整、工場でのモックアップと、小さいプロジェクトながらも実施設計を通して総合的な建築のプロセスを体験できました。リアリティが加わると設計のチャンネルが変わります。アイデアはリアリティによって淘汰もされますが、逆にリアリティがアイデアを鍛えることもあります。こうした体験がアイデアのうみ出し方や語り方を変え、それがまた設計課題の構想力を飛躍させると思います。現在は団地の公園に屋根をかける「ルーフプロジェクト」も進行しています。

創作は日常の延長にある

10名の新入生を(4期生)を迎え賑やかな田村研究室。この日は清澄公園の池に浮かぶ涼亭で、歓迎会も兼ねた4年生と3年生の合同ゼミを行いました。

 研究室では、さまざまな建築設計コンペにも取り組んでいます。コンペとは設計競技と呼ばれ、あるテーマや敷地条件に対して世界中から建築のアイデアを募り1等を決めるものです。選ばれたアイデアはそのまま実現に向けて動き出すこともあります。今年はアフリカの小学校や布を使ったストリートファニチャー、厚木市の住宅地のリノヴェーションなどの作品を、コンペを通して製作しました。敷地もテーマも様々ですが、コンペ要項を通して各地の現状や問題点を知ることもできます。大学で学んでいる建築が世界の問題と直結する瞬間でもあり、コンペは構想と現実、机の上と世界をつなげる接続点でもあるのです。

 学生たちには日頃から時間の使い方も含めた「生活のマネジメント」について話しています。作品の制作とはあまり関係が無いことのようにきこえますが、作品の質を大きく左右するものだと思います。建築をつくったことのある人はいなくても使ったことのない人はいません。建築を考えたり思考したりすることは、そうした日常の生活の延長にあるからです。また建築はひとりでつくることはできません。ひとりで考えているように思えることも、実はまわりに大きく影響を受けています。研究室はそうした思考の輪のなかに入るようなものだと思います。知識や経験はそのひとのなかでゆっくり醸成していくものであり、建築は日常の生活の延長にあるものなのです。

建築を、その風景の中に。

 建築を実現する際、敷地や予算、住まい手の要望などさまざまな条件があります。条件は建築家の自由を奪うものではなく、制約はデザインを縛るものではないということを、学生たちには日頃から伝えています。実現する建築は、その人が見てきた美しい景色の集大成であり、それを「風景」に変えていくことが建築家の仕事なのです。これからは「体験」が新しい価値をもつ時代。景色に参加し、環境を肯定する建築を、一緒に考えていきます。

※所属?職名等は取材時のものです。

化学?材料コース

学生一人ひとりの興味に応じた専門分野を学び社会で求められる建築のプロを目指す

少人数制の設計製図演習、充実した実験設備、そして教員と学生の距離の近さが最大の魅力。建築関連の基礎知識に加え、得意分野に合った専門知識を学ぶことで、建築の専門家を目指します。「建築」「構造」「環境」の3分野のデザインをバランスよく習得できる点も特徴です。